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ラーメンアワードは、いま誰のためにあるのか

最近、いわゆる「ラーメン本」やラーメンアワードについて、考えさせられる出来事がありました。


ある新人賞で上位を獲得したお店が、Xでこんな投稿をしていたんです。「新人賞で上位をいただいたのに、ノーゲストです」賞を取った本人が、率直な疑問としてそう書いていた。その投稿が妙に頭に残りました。


そして、その翌日。別の新人賞を受賞したお店が気になっていたので、足を運んでみたんです。受賞直後だから、注目を集めているはず。僕はオープン30分前に店に到着して、並ぶ覚悟で待っていました。ところが、開店5分前になっても、並んでいたのは自分を含めて数人だけ。店内に滞在したあいだに来店したお客さんも数人ほどでした。


正直、「あれ?」と思いました。賞の影響力って、こんなものだっただろうか、と。もちろん、曜日や時間帯、そして立地など要因はいくらでも考えられます。


でも、それ以上に感じたのは、「ラーメンを食べに行くときに、参考にされるメディアが変わってきているのではないか」という違和感でした。


ラーメンを選ぶ基準は、もう変わっている


いま、多くの人はラーメン本よりも、YouTubeやSNSなど、インフルエンサーや個人の食レポコンテンツを見て、「じゃあ、ここ行ってみようか」と動いている気がします。


ランキング上位だから行く、というよりも、

「この人が美味しそうに食べていたから行く」「自分の好みに近そうだから行く」


判断軸そのものが、少しずつ変わってきているように感じます。「ラーメン本はもう役割を終えた」と言いたいわけではありません。ただ、いまのラーメンアワードやランキング本に求められる役割は変わってきているのではないか。そんなことを考えてしまったんです。ランキングという仕組み自体も、たくさんの店を知る「入口」としては、いまでも意味があると思っています。


でも、問題は「1位」「2位」という数字の持つ重さです。


審査員が誰なのか。どんなラーメンが好きなのか。その嗜好や文脈が、ほとんど見えないままに順位だけが提示される。「順位がついた」という事実だけが、独り歩きしてしまう。

特に、新人賞です。「3年後、この新人賞の店は何軒残っているんだろう?」そんな疑問も、正直浮かびました。


審査員の「好み」が見えるほうが、信頼できる


たとえば、ラーメンYouTuberのSUSURUくん。彼が二郎系を好きなのは、もう誰もが知っています。だから、「SUSURUが二郎を食べてる動画」は僕も注目していて、素直に参考にしています。どんな立場で、何が好きなのかが分かる。それがはっきりしているからこそ、安心して参考にできる。


これは評論家にも同じことが言えると思っています。ラーメン評論家でいえば、しらすさん。彼は「背脂ラーメン地位向上委員会」を名乗っていて、その通りに背脂ラーメンに強い。


だったら、「東京の背脂ラーメンはここ!」というページを、毎年更新してくれたほうが、よほど分かりやすい。背脂が好きな人は、そのページを信じて回ればいいでしょう。


同じように、

魚介豚骨が好きな人

鶏清湯が好きな人

二郎系が好きな人


「誰が、何が好きなのか」が見えるほうが、読者にとっても、食べ手にとってもわかりやすいと思うんです。


ラーメンメディアは、これからどうあるべきか


ラーメン本だけではなく、Webでも「食べログ 百名店」のように、多くの発信がある。だからこそ、インフルエンサーや評論家が勧めるお店の意味も出てくると思うのですが、情報が増えれば増えるほど、「自分にとっての指針」は曖昧になっていく。


だからこそ、これからのラーメンアワードやラーメン本に求められるのは、


順位を決めること

正解を提示すること


ではなく、


視点を提示すること

好みの地図を描くこと


なのかもしれません。


ラーメンの楽しみ方が多様化している今、「誰にとっての1位なのか」を、もっと正直に示す。


そんなラーメン本があってもいいんじゃないでしょうか。現場でラーメンを作り、食べ歩くなかで、そんなことを考えさせられました。


ラーメン店『ソラノイロ』創業者

飲食店コンサルタント

宮崎千尋

 
 
 

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